すみれ・ひまわり
東京弁護士会会員 伊藤茂昭
■恋と年金■
 最近、第二東京弁護士会の機関誌に「弁護士の引退を考える」という特集記事が掲載された。ハッピーリタイアメントは一定年齢以上の者の関心事であるが、私は、十年以上も前に新宿の紀伊国屋ホールで上演された「恋と年金」というお芝居を思い出す。これはアメリカのストレートプレイで、原題は「ソーシャルセキュリティ」。直訳すれば「社会保障」とでもいうのであろうが、これでは日本の舞台のタイトルにはなりえない。要は、身体も不自由で、画商の娘夫婦に邪魔者扱いされている老婦人が、ピカソのような老画家に、ホテルでの食事を誘われ、赤いドレスを着て、不自由な身体までも回復するという話である。老後を楽しく生きるのは、「お金があることでもない。」「社会保障が充実しているというだけでもない。」「人を愛することだ。」というのがこのお芝居の私の理解である。私は、当時金融マン向けの公演で、いつも冒頭にこの話を使わせてもらっていた。
 さて、「人を愛する」ことが生きがいだといっても要はそう簡単ではない。とも白髪の百歳は理想だが、人間飽きることもある。そこで擬似恋愛的なところでの選択というのも当然あり得るわけである。ヨン様に熱狂するご婦人も、若い頃サユリストと名乗った男性もそれなりにハッピーというわけである。ところで、女性ばかりの劇団に対して、ファンの大半がまた女性という宝塚歌劇団であるが、そのファンでありつづけることも十分ハッピーな人生を保証する。

■宝塚の魅力■
 ところで私は男であるが、その宝塚の大ファンである。純粋に宝塚が好きである。何よりもきれいで美しい。燕尾の男役の群舞は宝塚ならではのものであるし、日本の歴史上の人物を題材にした、日本舞踊と歌を織り込んだ和ものの歌劇は、宝塚の独壇場であろう。そして多くの演劇が良く悪しくも描かれている対象がもともと男性中心の社会という中で、宝塚の舞台は女性だけである。そのことがまた多くの男性が持つ権力欲や、名誉欲、征服欲などの現実社会の汚れた部分を自動的に昇華し、美しい舞台に仕上げてしまう。それは一面現実離れした絵空事ではあるが、私にとって最大の魅力を感ずる理由の一つである。「風と共に去りぬ」の舞台で、原作者が描いたバトラーに近いはずの男優の演ずるバトラーより、宝塚トップ男役が演ずる昇華されたバトラーの方がしっくりとくるというのは私だけであろうか。
 私は宝塚以外にボウリングが趣味であるが、腰や腕に負担がかかり、老後どこまで出来るかははなはだ心許ない。しかし宝塚観劇はいつまでも出来そうだし、まして宝塚の現役の生徒さんとお食事ということになれば、若々しく振舞う力の源になり、私にとって「恋と年金」の「恋」である。ただし、そのためには「年金」の方もしっかり充実するよう、国と、弁護士国民年金基金にはお願いしておきたい。食事もただでは出来ないから。

■宝塚生徒さんとの食事会■
 さて、私は、二十数年宝塚の生徒さんとの食事会を開催してきている。始まりは、昭和59年に、宝塚音楽学校を卒業して月組に配属された生徒さんたちである。私が宝塚ファンだということを知って、映像機器会社の女性の社長さんが「宝塚歌劇を後援・激励する会」の月組の食事会に誘ってくれた。大地真央、黒木瞳のトップ二人の揃うメインテーブルを著名な政治家や経済人が囲む中で、私は最年少のメンバーとして、大勢の研究科一年の皆さんと同席だった。末席同士の気安さで会話が弾み、私は彼女たちと、次回東京公演のときに食事にご招待する約束をしてしまう。そこから次第に月組全体の食事会や、雪組娘役だけの雪組女役会を主宰するようになる。宝塚は男役がスターの世界で、ファンはほとんどが女性である。娘役はファンや後援者が男役に比べたら圧倒的に少ない。私はこんな中で、輝く演技派娘役を応援する女役会を開催し結構喜ばれた。また、一人で心の知れた数人の生徒さんと食事をしながら劇評をしたり、お店で歌を聴いたり歌ったりした。ひいては人生相談や、法律相談を受け、退団した生徒さんの事件を担当したこともある。
 また後輩を誘った食事会をきっかけで、弁護士とタカラジェンヌの結婚も生まれ、タカラジェンヌの新婦側主賓としてメインスピーチをする栄誉にも浴した。

■すみれ・ひまわり■
 弁護士会の中で私が宝塚を応援しているという話(その中には妻が宝塚出身であるとか、親戚の関係で宝塚の顧問をしているという完全な誤報もある)が広がっていくと、大勢でなにか企画をという話になってくる。私自身は、東京公演の観劇はもちろんであるが、最も忙しかった日弁連事務次長の2年間も、家族や事務員さんを含めた弁護士側と宝塚の生徒さんの40〜50名規模の食事会を行うことを絶やさなかった。主催はそのときどきで弁護士会内の会派やその若手の団体であった。
 そこで、このような企画を継続的に開催するための組織を後輩たちと立ち上げることにし、「すみれを後援・激励するひまわりの会」(略称「すみれ・ひまわり」)と名付けた。宝塚と弁護士の象徴の二つの花である。すみれの世界にはまりこんだ二人の後輩ひまわりに副会長に就任してもらってお手伝いをお願いした。私自身は僭越ながら会長である。弁護士として自慢できる唯一の肩書きがこの「すみれ・ひまわり」の会長であり、これだけは当面、誰にも渡す意思はない。
 この「すみれ・ひまわり」の第一回の企画を今年9月雪組で開催した。組長をはじめ16名の生徒さんと、30名の弁護士と関係者が参加した。公演出演者全員の直筆のサイン入りプログラム等もクイズの賞品に出され楽しい会であった。
 「すみれ・ひまわり」の正会員は東京の弁護士である。弁護士の紹介があれば弁護士の家族、事務所員や、弁護士会の職員も準会員となれる。どんなに忙しくとも、この職責を担うことが私の楽しみである。若い生徒が新しい役をもらって、成長していく姿を見たり、組の構成や作品の評をしたり話題も楽しみも尽きない。このような楽しみがいつまでも続くように、若い多くのひまわりにも弁護士国民年金基金に加入してもらい、ハッピーな老後を送りたいものである。

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陽だまり No.27  `05.11より