スロー・シニアライフに憧れて
鳥取県弁護士会会員 岸田 和久

1 はじめに
 私は、平成15年10月、鳥取県弁護士会に弁護士登録を行いました。
 鳥取県は私の故郷であり、遅かれ早かれ鳥取県に戻りたいとの気持ちが強かったので、鳥取県内の大田原俊輔先生の事務所に就職させていただき、弁護士生活をスタートさせることになりました。
 このころの私は、司法試験は日本一難しい試験と言われているし、弁護士になれば、日々、真面目に努力していく限り経済的に困ることは無いだろうと安易に考えていました。
 実際、イソ弁として働いていた間は、十分なお給料をいただき安定した生活を送ることができましたし、当時は債務整理や過払金請求の事件が多く、独立した後も半年くらいすると経営が安定しました。そのため、独立後、間もなくして日本弁護士国民年金基金に加入し、所得税・住民税の軽減メリットの恩恵を受けました。
 
2 「武士は食わねど高楊枝」
 しかし、弁護士も一事業者であり、公的な身分保障は一切ありません。
 また、税理士は「農耕民族」、弁護士は「狩猟民族」と言われるとおり、税理士は一度お客様との取引が始まると毎年の収入につながりますが、弁護士は一つの事件が終わると、次の事件を探さなければ収入が無くなり事務所を維持することができません。
 弁護士と同じ「農耕民族」である土木・建設業者が公共工事の減少とともに経営が傾き倒産が増加したように、弁護士という職業も社会の変化により一瞬にして経営環境が変わります。
 残念ながら、今の弁護士業界は、私のような若手経営者にとって大変厳しい逆風の中にあります。
 しかし、そうは言っても、弁護士である以上、利益だけを追求して業務をおこなっていくことはできません。事件によっては、「正直、経営的に厳しいなぁ。」と思っても、「できません。」とは言えません。
 まさに、「武士は食わねど高楊枝」です。

3 「田舎のネズミと都会のネズミ」
 内閣府のホームページには、47都道府県が推計・公表した県民経済計算の結果が掲載されており、都道府県別の県内総生産と1人あたり県民所得が公表されています。なお、県内総生産とは、国内総生産(GDP)の都道府県版で、企業や個人が年度内に新たに生み出したモノやサービスの価値を金額で表したものです。また、1人あたり県民所得とは、県民雇用者報酬、財産所得、企業所得を合計した県民所得を、各都道府県の人口で割ったものです。
 一番新しい平成23年度の結果を見ると、県内総生産の1位は予想どおり東京都で92兆3880億円、他方、最下位は鳥取県で1兆7660億円となっています。東京都は鳥取県52個分の経済価値を生み出していることになります。
 また、1人あたり県民所得を見ると、1位の東京都が年収437万3000円であるのに対し、鳥取県は年収223万2000円(44位)です。この数字によれば、東京都民と鳥取県民では、1人あたり200万円以上の収入格差があります。ちなみに、県民所得の最下位は沖縄県で年収201万8000円です。
 この統計結果から、鳥取県は全国で最も経済規模が小さく、県民の所得がとても少ないことが分かります。
 ところで、イソップ物語の「田舎のネズミと都会のネズミ」という寓話は、皆様よくご存知のことと思います。田舎のネズミが都会のネズミに食事に誘われたものの、都会ではゆっくり安心して食事ができず、かえって田舎の食事の素晴らしさを再認識するという、あの話です。
 鳥取県は経済規模が小さく、都会のようにマスコミを賑わす大きな事件はありません。
 しかし、田舎だからこそ、いろいろな事件を受けるチャンスが回ってきます。また、鳥取県には恵まれた海と山があり、四季折々に美味しい幸を戴くことができます。もちろん子どもを育てる環境としてほぼ100点満点です。そのため、田舎のネズミと同様、鳥取で弁護士として働く人生を選択したことを、本当に良かったと思っています。

4 スロー・シニアライフ
 有り難いことに鳥取県で弁護士をしている限り、仕事が無いということはありません。その点、都会よりも経営する環境は恵まれていると思います。
 もっとも、前述のとおり、鳥取県は経済規模が全国で最も小さく、県民の所得がとても少ない県です。
 そのため、受任する事件の訴額は小さく、また法律扶助の割合が極めて高いので、多くの事件をこなさなければ事務所を維持することができません。必然的に、業務時間は長く、休日も事務所に出ることが多くなります。
 これまでは若かったので踏ん張りも効きました。けれども、次第に深夜の仕事ができなくなったり、疲れがなかなか抜けなくなってきていることを実感しており、いつまでも今のペースで仕事ができるとは思えません。
 今はまだ随分先のことですが、老後はもう少しゆっくり働きたいと強く思います。そして、そのときこそ、日本弁護士国民年金基金に早くから加入していて良かったと実感することと思います。

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陽だまり 2015 No43より