老後計画無能力者の弁
京都弁護士会会員 姫野敬輔 

 小生、誕生日を迎えると満70歳になります。
 皆さんは、弁護士年金をご自身で検討され、計画を立てて加入されましたか? イエスの方達には無条件で脱帽し畏敬の念を惜しみません。ノーの方達にはわが同胞ありとばかり抱きついて喜びを表しますでしょう。
 
 小生、日本海に面した漁港の町に生まれ育ちました。漁師と家族は荒海に対峙し命がけで働きます。男と女、それぞれの役割や居場所のはっきりした環境でした。重要な行動基準の一つが「男らしく」でした。当然ながら、「女らしく」もあったに違いありません。
 男なら、こんなことで泣くな。男なら、胸を張れ。男なら、人前でいちゃつくな。男なら、嫌がる女を追いかけるな。男なら、別れた女に未練をもつな。男なら、やられたらやり返せ。男なら、台所に入るな。男なら、宵越しの金を使うな。男なら、家計の遣り繰りなんか気にするな。男なら、人生設計みたいなことにこだわるな。男なら、細かいことに・・・・・・etc.・・・・・・etc.  もちろん、健全な人生につながるものもありましたよ。男は働け。男なら、家を建てろ。男なら、借金や月賦で買わなきゃならないものを欲しがるな。
 是非善悪を論ずるつもりはありません。生まれ、育った環境だった、ということでして。
 そんなことで、小生、自慢じゃないが、人生の設計とか、老後のそなえとか、を真剣に考える素地を持ち合わせておりませんでした。

 平成3年にわが日本弁護士国民年金基金が創立されました。京都弁護士会会長で、日本弁護士連合会常務理事でしたので、当然のように設立発起人になりました。発起人総会で議長をされたN先生が「私は、加入年齢を越えていますので、後は、どうぞ、皆さんでよろしく。」と挨拶をされたので、そんなモンかいなと、気楽に考えていました。その後、代議員に就任。代議員は加入をするのが当然でしょうから、最低限の加入申し込みをしたと思います。あとは、それまでも、弁護士業務以外は、家計も、老後計画も何もかもおんぶし切ってきた妻に任せっきり。妻は林業の町の出身です。林業は、植林した樹木を何十年何百年育成し、孫とかひ孫とかの時代にして材木にする。綿密な長期計画が必要不可欠です。
 さて、代議員会に出席して、理事や代議員の皆さんの議論に接して感激しました。如何にして経費などの支出を抑えて基金を運営していくか、如何にして安全で、かつ、効率のよい資金運用をしていくか、これは、まさに基金運営の二大エキスなのですが、皆さんは、専ら、基金の堅実な運営ということを、真剣に、地道に議論していたのです。成り行き人生で生きてきた小生がこれまでに経験したことのない議論でした。日本弁護士国民年金基金は絶対に大丈夫だと実感しました。
 小生、年金というのは、加入者が年月をかけて積み立ててきた資金を、まぁ、預り金を、減らさないように、増えるように運用して、高齢になられたときには、一定額ずつお返していく、といった発想の互助の制度なのだと思っています。加入者から預かった大切なお金だから、経費を最低限に抑え、運用は安全確実で、かつ、率のよいように、とひたすら努力するというのは、当然といえば当然なことなのですが、加入記録も整備されていない、集ったお金は何につかったのか大幅に目減りしてしまっていて、減額して支給したり、支給開始年齢を上げたり、なんていうことは、我が基金ではあり得ないことだと確信しています。

 平成8年度の日本弁護士連合会の副会長に就任しました。1年間東京住いをしていたのですが、ある日、天の啓示を得て、クラリネットを吹きたいと思いました。ズブの素人でしたので、平成9年の夏から「優子先生」の指導を受けて今日に至っています。優子先生は、クラリネットのみでなく音楽全般について、優れた知識と技術と感性をそなえた、人柄のよい魅力的な先生です。小生のようなオジさんのレッスンでも毎回必ずどこかを褒めてくれます。
そうすると、オジさんは頑張って練習して次回にも褒めてもらおうと張り切るのです。
 数年前のこと、レッスンを終えて帰ろうとしたときに、「ステージに立つときはちゃんとギャラをもらいなさいよ。なるべく、高額のギャラをもらいなさいよ。クラリネット奏者という名刺も作りなさいよ。」と言ってくれました。プロとして演奏しなさいよ、というお許しです。同時に、弁護士とクラリネット奏者二足の草鞋の始まりでもありました。
 さて、小生、加入期間が短いことや身についた無計画さの故もあって、年金のことは全く忘れておりました。本年満69歳を迎えたときに妻から、請求をしないと時効になるよ、と言われ、お金のことを考えたり計算したりするのが苦手でもあり、妻に言われるとおりに書類に記入して手続きをしました。そして、予想していた以上の給付額を知り、正直ありがたいと思いました。
 演奏者というものはどんなに上達しても、例え、世界一といわれるようになっても、生涯先生の教えを乞い指導を受けて、昨日より今日、今日より明日、そして明後日と、もっともっといい演奏を目指していくものです。なにしろ、加入期間も短く、加入日数も最低ですので、これだけで老後の生計を立てるのは無理ですが、クラリネット奏者として指導を仰ぎ練習を続けて行く資金には十分です。つたない演奏でも、感激していただくファンの方々がいます。数年前、京都府公安委員会の委員長をしていたときに、京都府警察音楽隊と競演して2千人の聴衆から割れんばかりの拍手を頂戴したこともあります。
 風と桶屋のお話みたいですが、わが年金は、小生を通じて、世の中の健康で文化的な生活の向上にも大いに役立っていることになります。日本弁護士年金基金バンザイ!!です。
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陽だまり 2012 No.39より